メゾン・ケンポクの何かはある2020 レビュー 山野井咲里《茨城県北の表象プロジェクト風景が、寄り添う》
《風景が、寄り添う》を観て
大森潤也(日立市郷土博物館学芸員)

2020/12/15 みる

 山野井咲里の個展《風景が、寄り添う》は、被写体を小屋に特化したものであった。山野井にとって住まいの周辺にある小屋を撮ることは自分自身のための行為だったという。しかし一方で小屋の写真を他者がどのように見るかを気に掛け始める。彼女は次のように説明する。
いろんな素材を組み合わせた構造、錆、小屋そのものの見た目や佇まいに魅了され、毎日、通勤途中の小屋がある場所を確認するように眺めていました。その変わらない同じ風景を見られることに安堵感がありました。
(山野井咲里「風景が、寄り添う」2020年、個展に寄せたテキスト)
 そして山野井は、物置小屋がその役割から解き放たれ、純粋に「見られる」存在として、つまり風景の重要な構成要素として訴えかけてくることに、強く魅かれているようである。
存在そのものが忘れられ、人の記憶からは離れ、まるで、そこだけ時間が止まったようにもみえる不思議な空間でした。
(前掲文)
 この春からすっかり大変な世の中になってしまったこともあり、普段にも増して人の気配がなく気味が悪いほど静かだ。暖かな日差しの下で我が家とその周辺を眺めながら、繁茂した雑草、名も知らぬ小さな花に妙な親近感を覚えている。ここが山野井の写す小屋のようになった様を思い浮かべてみた。「除草せよ」との声が聞こえてくるようではあるが暫くはこのままで良いと思い放っておいている。
 割ときちんと形作られ、清潔な人工物であった小屋がそれぞれに豊かな表情を持ちはじめ、あたかも自生しているかのごとく在る。人が関わり、一定の風雨に晒され、壊れ、汚れ、直し、離れ、放置され、朽ち、といったプロセスを経て日常の風景の中に佇みはじめてから、山野井が言う不思議な存在になるのだと思う。
 誤解を恐れずに言う。私たちは完全にミニマルかつコンセプチュアルで清潔であることができるだろうか。そして世界中のありとあらゆるものが文化財として尊ばれることに息苦しくはならないだろうか。自然と人と物とがあいまみえて醸し出す有機性にこそ、何かしらの情緒を感じ得ないだろうか。
 観光的に特化されたものはその限りではないが(そもそも日常の風景とは異なるでしょう、大多数にとって)、日本中のどこの地域に行っても、特有・特別な風景は見出せないのではないかと思っている。逆に言えばどこに行っても日立市のようでもあるし、常陸太田市のようでもあるし、常陸大宮市のようでもあるし大子町でも高萩市でも北茨城市のようでもあるのである。ならば「地域の風景を構成するもの」とは何なのだろうか。山野井の展示および作品からそれがどのように見えてくるだろうか。
 近くだからと呑気に構えていたら会期も終了間際である。2020年3月某日、私は日立市と常陸太田市の市境に位置する会場へと急いだ。この一帯は今でこそ行政区画で隔てられるものの、歴史的には同じ地域と言ってよい。長閑な田園地帯が拡がるこの辺の勝手は知っている、とタカをくくっていたら想定していた道路が通行止めであった。
 曇天の下を堂々巡りして何度も同じ場所に戻ってしまう。ますます、どこも同じ景色に見えてくる。目的地は近い。この迷走によって土木内の雰囲気をじっくり味わったことが山野井の作品に向かう絶好の準備になったことは結果論である。もっと早くナビを使いなさい。
 件の小屋の写真は「小屋」の中にあった。それぞれ味わい深いヤレ具合の、表情豊かな小屋はどこか妙に懐かしさを感じさせる。風景に溶け、あたかも自生しているかのような「小屋以上でも小屋以下でもない」(山野井)ものは、彼女が言及するように社殿や仏閣のごとき厳さを湛える。いや、よくよく観れば、路傍の石仏のような素朴で凛とした佇まいで私に語りかけてくる。
 やっとたどり着いた安心感からあらぬ場所に駐車していた。車を移動した後に奥の古民家内の展示を観る。寛いだ雰囲気に、小屋を含めた、この地域の里山を構成する写真が映えていたが、特筆したいのは、それらを敷延した動画をコラージュしたビデオ・インスタレーションである。障子をスクリーンにして、呼吸するがごとくたゆたう風景は、そこに潜むスピリチュアルななにかを明快に表現していた。
 山野井は、あらゆる属性から開放された(されかかった)小屋を手掛かりに、初めて出会った風景でありながら一方で私たちがそれに慣れ親しんでいるかのような写真を撮る。何でもあるは、何でもない。何でもないは、何でもある。よって彼女によって示されるイメージは、私たち誰もが抱く普遍的な原風景のようなものであり、この地域の風景を構成する実体でもある。

「メゾン・ケンポクの何かはある」
会期:2020年1/17(金)〜3/8(日)
場所:メゾン・ケンポクと茨城県北各地

主催:茨城県北地域おこし協力隊
協力・後援:茨城県

企画:松本美枝子
企画補佐:日坂奈央 サポート:メゾン・ケンポクのチーム
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みる3:茨城県北の表象プロジェクト01 山野井咲里 写真展
会期:3/2(月)〜3/8(日)
場所:今日ハ晴レ(常陸太田市上土木内町365)
キュレーション:松本美枝子

(写真:山野井咲里)

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