メゾン・ケンポクの何かはある2020 総評 「何か」を探す、その一歩
―アートプロジェクト「メゾン・ケンポク」の「何かはある」
西野由希子(文学者、茨城大学人文社会科学部教授)

2020/12/9 総評

2020年1月17日から3月8日まで、8つのプログラムで構成された「何かはある」は、地域に開かれたアート活動として、写真家であり、茨城県北地域おこし協力隊員、アートディレクターの松本美枝子さんにより企画され、実施された。
プログラムには「みる」「はなす」「きく」「しる」という4つのテーマが設定されていて、「みる」として、松本美枝子さんの「海を拾う」、日坂奈央さんの「夢ちどり」、山野井咲里さんの写真展、「話す」として「Meets KENPOKU アートミーティング 「円卓会議」」が開かれた。「きく」では米子匡司さんの「水戸の地図新版リリースライブ」と、「メゾン・ケンポクの読書会」の2つ、「しる」として「ユージン・スミスが撮った日立を眺める」と「和紙に字を植える」が開催された。
「何かはある」のスタートは、1月17日に茨城県庁25階展望ロビーで開催された「Meets KENPOKU アートミーティング「円卓会議」」で、茨城県内で「地域アート」に関わっていたり、アートプログラムに関心を持っていたりする人たち約70名が参加した。アートに関わる県内の地域おこし協力隊の活動や、佐賀県での地域アートプロジェクトの紹介、ゲストスピーカーのお二人の話、参加者全体での意見交換などが、まちの夜景をみおろす高層階の開放的な空間で実施された。活発な意見交換では、「何か」を求めて集まった参加者の多様性と、それぞれの人のアートへの熱意や思いが感じられた。集まり、語り合うということそのものに大いに意味のある会だったが、参加者から出された今後への期待の声を受けて、次のアクション、次の「円卓会議」へとつなげていくことが重要だろう。
これを皮切りに、それぞれの企画が実施されていったが、「みる」の3つの企画は、ジャンルの融合、物語のある作品という点が共通していた。
松本さんの作品「海を拾う」は、日立市の海から山までの広いエリアを会場とするインスタレーションだった。作家の示す場所に赴き、そこで展示されている作品を見たり、物語を読んだり、海の音を聞いたりする。コーヒーを飲み、白い小石をもらって帰って、さて、その小石をどうしようと思う。美術館の中ではなく、まちの空間の中に作品があり、なにかをする自分もその作品の中の1人として存在する。「移動する」という行動の中で、人の物語、地域の物語、地球の物語の重なりとその中にいる自分を意識させられるとともに、エリア全体が会場という「地域アート」の可能性を体感する作品だった。
日坂さんの「夢ちどり」もインスタレーション。メゾン・ケンポクの一室を使った空間展示と、新聞スタイルのZINEによる作品で、「現在の私」はなにによってできているのか、考えさせられた。松本さんの「海を拾う」も現実と虚構がいりまじる作品だったが、こちらは、県北在住の「すてきな“おばあちゃん”」3人とともにアーティストの日坂さんが作り上げた作品で、ZINEには女性たちのインタビュー、日坂さんが制作した洋服や帽子などのファッションや、それを着ている女性たちの写真などが掲載されている。会場での展示が終わってもZINEという形での表現が残るが、余韻というより、もっと物語を知りたくなる作品だ。
山野井咲里さんの写真展は、テーマが「小屋」。地域の中に「ある」ものをどうとらえるのか、そこから何を考えるのか、風景の持つ力や、自然と「人工物」の関係について問い直す展示だった。こちらも展示会場が魅力的で、「写真を」見ることだけにとどまらず、「その日」「その場所で」見ることの意味を感じた。以上の3つの企画展は、それぞれのアーティストが独自に追求してつくられた作品だが、背景となっている物語の中につながりがあるのか、決してばらばらではなく、訪ねる人、見る人たちは接続性やハーモニーを強く感じ取ったかもしれない。それは、今回の「何かはある」のプログラム全体に言えることだ。
「きく」のプログラムは、2つとも同じ「メゾン・ケンポク」の3階のスペースを会場に開かれたが、どちらも継続性と、オープンなプログラムである点で通底していた。米子さんは、さまざまな場所で演奏活動や作品制作を行っている音楽家だが、茨城でも録音や作品の制作、ライブなどの演奏の機会を重ねられている。今回は新しく採取した冬の茨城の音の録音と、自作の楽器でのライブパフォーマンス。なにを感じ、なにを受け取ったかは聞き手それぞれだが、56畳の大広間に集まった人たちを、丸形のストーブが温め、やかんからのぼる湯気やお湯の沸く音ももちろんライブの一部なのだった。
もう1つの「メゾン・ケンポクの読書会」は、今回のプログラム全体の骨組みをつくってきた活動であり、「メゾン・ケンポク」というアートプロジェクトの最も重要な柱と言える。美学に関する専門書や論文、評論等を大学のゼミナールのように精読していく読書会は志の高いメンバーによって真摯に取り組まれ、学びあう楽しさ、理解の深まる歓びを分かち合い、仲間としての信頼関係を強めながら継続されている。今回の企画のいくつかはこの読書会から生まれたものだし、メンバーたちは制作者として、あるいはスタッフとして企画を支えている。
この読書会とともに、学術的な色彩が濃いリサーチや参加者による実践が組み込まれた企画が「茨城県北サーチ」と名付けられ、2019年度から続けられているのもアートプロジェクト「メゾン・ケンポク」の特徴だ。「茨城県北サーチ」の企画では、講師による講義に加え、フィールドワークやワークショップが行われる。
今回の「ユージン・スミスが撮った日立を眺める」では、講師によるレクチャーと参加者をまじえた意見交換との間に、参加者全員で坂を上り、実際の撮影地の1つに立って街を眺めた。「和紙に字を植える」では常陸大宮市にある「西ノ内紙」の工房で、参加者それぞれが「すき絵」の技法によって「藝」という文字を描いた。「県北サーチ」では、活動の様子や成果をアーカイブとして記録に残している。それは地域におけるアート活動の実践の記録としての意味とともに、地域の芸術文化のリサーチ結果を蓄積した学術アーカイブとしてより意味を深めるだろう。
「何かはある」は、アートの分野において「コレクティブ」と呼ばれているスタイルの活動だ。それぞれの企画展示のアーティストたちは、自らのテーマで作品を創作しているが、松本さんのディレクションによって、つながりや共通点、響きあうものを感じさせる「共同体」の作品として私たちの前に現れた。
「何かはある」というタイトルは非常に巧みだ。そうだ、「何もない」まちはないし、芸術にも、地域にも、覗き見れば、あるいは深く探索すれば、「何か」は必ずある、はずだ。その「何か」が、心を明るくし、人生を豊かにし、喜びをもたらすものなのか、よくわからないけれど心を波立たせるものなのか、タイトルが何を言おうとしているのか、解釈は無数にある。その無数の解釈の中の一つとして、「何かはある」という意味は、あなたが一歩を踏み出せば「何か」が必ず見えてくる、だってそこには確かに「何か」があるのだから、というメッセージなのだと読み取っておきたい。
「メゾン・ケンポク」というアートプロジェクトの最大の魅力は「開かれている」ことだからだ。「何かはある」では、アーティストだけで完結する作品はなく、見る側にもなんらかのアクションが必要だった。もっと積極的に、企画から関わったり、作品に関わったりしたいという気持ちを表明すれば、いつでも扉は開いているので歓迎されるだろう。そういう仲間を増やし、つながりをつくり、活動を積み上げていくことを「メゾン・ケンポク」のプロジェクトは目指している。一歩踏み出してくれる仲間が増えることを願いながら、「メゾン・ケンポク」の活動は続けられ、その活動の中から、「何かはある」の次の企画につながる着想が生まれていくのだ。

「メゾン・ケンポクの何かはある」
会期:2020年1/17(金)〜3/8(日)
場所:メゾン・ケンポクと茨城県北各地

主催:茨城県北地域おこし協力隊
協力・後援:茨城県

企画:松本美枝子
企画補佐:日坂奈央 サポート:メゾン・ケンポクのチーム

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