メゾン・ケンポクの何かはある2021 紀行文/エッセイ 地下茎の旅 原 亜由美(フリーランス・コーディネイター)

2021/10/15 あるく

常磐道を降り国道6号を海沿いへ。日立シビックセンターの地下駐車場に車を停める。「メゾン・ケンポクの何かはある2021」松本美枝子の展示会場である。
今年1月に発令された新型コロナウィルス感染症拡大防止のための緊急事態宣言は茨城県にも適用された。あいにく、と言っていいのか言葉を迷うが、この緊急事態宣言が「メゾン・ケンポクの何かはある2021」の会期を直撃し、約一ヶ月後ろ倒しでの開催であった。館内へ向かうと、松本と出展作家でもある山野井咲里が待っていてくれた。ようやく漕ぎ着けた開催だが、こうした事情もあって、会場のある地下フロアはひっそりとし、観客はわたし一人である。入替制の時間を待って、映像セミナー室へと入る。教室のような名前だが、きちんとした映像ホールだ。暗がりの中、松本に案内されて後方に置かれたパイプ椅子に着席する。スクリーンから自席までの間に備え付けの座席はなく、床の上に台座が置かれ、その上に一塊の物体がある。
間もなくして作品が始まった。スクリーンに暗い海が映し出され、その仄明るさで物体の表面が照らされる。一見、岩のようだ。そして、ある人物の記憶が声となって現れる。問わず語りのその声は、戦争中のある日の様子を描写する。声が現れる場所の移動で、わたしは語りの場面の遷移を知る。目の前は変わらず暗い海で、白波の往来がメトロノームのようだ。場面がやがて座標を成していく。字幕はない。そして大音響が轟き、目の前の物体の正体が明らかになる。そのときわたしは閃光を見たと思った。
会場を出て、待っていた松本と少し話した。日立のリサーチ中に戦争体験を語り得るミエコさんと知り合い、この作品が生まれたという。同名の他者との邂逅が松本に変化をもたらしたのだろう。自身の名前が他者の記憶へのアクセスキーとなったのではないか。海のような記憶の遍在性について考える。スクリーン前の物体が、現実の意識を繋ぎ留める錨の役割を果たしていたように思う。

松本に見送られて常陸太田へ向かう。次の会場は「メゾン・ケンポク」、主催する松本らの拠点でもある。ここでは出展作家で企画補佐を務める日坂奈央が迎えてくれた。
最初に茨城県北の表象プロジェクト02 アート・ガストロノミー《記憶の食事》を鑑賞する。元料亭の広間という空間を活かした構成である。太平洋戦争当時の食事を再現した映像に、住民だけでなくメゾン・ケンポクのチーム・メンバーが登場しているのがよかった。地域に根差した活動であるとわかった。
次に日坂の展示を日坂自身の案内で観る。前室のある和室には干し網が吊られ、蠅帳を被せたザルが回転台の上でまわっている。そして服を着せられた干し芋が1から55まで所狭しと並べられていた。手の込んだ意匠と裏腹に、着装した干し芋の見た目が、ほぼそのまま各作品の題名にされている。作品に対する日坂の手つきと眼差しの温度差に引き込まれて夢中で観ていると、ふと既視感に襲われた。オシラサマに似ている。わたしが少し興奮してそのことを伝えると、日坂はオシラサマを知らなかった。わたしはスマホで検索した画像を日坂に見せる。「あ、似てますね」と屈託のない答えが返ってきて、思わず笑ってしまった。干し芋へのあまりの手厚さに、日坂自身が仮託されているのかと思ったが、そうではなかった。日坂の気に入りのシャツを模した服を着ている干し芋もいて、それは日坂と干し芋のペアルックなのだという。
「どうして干し芋なんですか?」「干し芋が好きだからです」
「それは食べものとして?」「はい」
「味がおいしいから?」「はい」
「服は着せるけど食べるんだ」「はい、展示替えのときにも食べますね」
《記憶の食事》を観たばかりでもあり、郷土食や戦時食としての芋という言及が日坂の口から少しはあるかと思ったが、一切なかった。それがむしろ清々しくて好感を持った。カタログ『紅はるか』と日坂手製のマスクを購入する。
最後に、山野井咲里による《映画「骨格」スチル写真展》を観る。映画「骨格」は未見ながら、映画の質感を想像させる優れたスチル写真展であった。山野井は「メゾン・ケンポク」全体の記録写真の多くも担当していて、いずれも素晴らしい。音響や映像編集などの技術もしっかりしていて、メゾン・ケンポクのチームワークは羨ましい限りだ。リサーチ、展示、アーカイブという一連が、実際大変だろうと思うが、着実に進んでいる。昨年も一部のプログラムに参加して感心したが、今年も観に行った甲斐があった。

「メゾン・ケンポクの何かはある2021」には「記憶を頼りに進む」とある。それは地下茎を手繰って芋を掘る行為のようでもある。着想が完全に日坂の展示に引きずられているが、芋は栄養繁殖なので種芋や茎を移植して次の収穫を得る。このことはメゾン・ケンポクの活動自体にも、また一見対照的な松本と日坂の展示にも通底しているように思えた。松本の《小さなミエコたちのはなし》、日坂の《私と服と干し芋》、それぞれの増殖性、リゾーム的な何か。これが芋の産地、茨城県北で起こっているなんて出来すぎではないか。次回もぜひ観に行きたい。

メゾン・ケンポクの何かはある2021 ー記憶を頼りに進む
会期:2021年1/22(金)〜3/14(日)
(新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、一部プログラム延期により会期変更)
場所:メゾン・ケンポクと茨城県北各地ほか

主催:茨城県北地域おこし協力隊
協力・後援:茨城県、WALL原宿

企画:松本美枝子
企画補佐:日坂奈央、メゾン・ケンポクのチーム

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