茨城県北サーチ2021 レビュー nimono(仲田絵美+日坂奈央)《服と巡る》
服と巡るを巡る
ミヤタユキ(ROKUROKURIN合同会社 代表、現代美術家)

2021/10/15 県北サーチ

“nimono”というユニット名を聞いて、深夜二時のファミレスで過ごした時間を思い出した。仲田絵美と日坂奈央は、なんでもないことで何時間も爆笑できるような私の友人でもある。この名前を聞いた時、もうネタなんてとうに尽きているのに、粘りに粘って気の利いたことを言ってやろう(そんな時のクリティカルヒットは、この世で一番輝いて見える)とするあの深夜の私たちの様子とニアリーイコールのようで、可笑しくなってしまったのだ。

幼い頃に亡くした母との、見えないことでより実体を伴ったような関わりを写真で表現し続ける仲田は、作品の中で母の服(遺品)を身につけることがある。代表作「よすが」でも、仲田自身が母の服を着る姿、母がつくった幼い頃の服を抱く姿が、時に父親にシャッターを切ってもらうなどして写真となってあらわれる。その写真を見るたび、拭えない記憶や血のつながりが、ざわめきとともに渦を巻き、温かくも少し逃げ出したくなるような感覚になる。日坂は、大学で服飾を学び、在学中から人の記憶(写真)を服の中に縫い込む作品をつくっている。記憶や感情そのものを服として纏う、纏わせるということを自然とやってのける彼女は、最近発表した「干し芋に服を着せる」や「夢ちどり」でも、それぞれ干し芋、おばあちゃん達の半生を紐解き、服をつくり、纏わせている。毎度、得体の知れないエモーションを叩き起こされる。“ファッション”という言葉だけでは整理のつかない、生々しい“皮膚”としての服を主題として扱う二人が今回ユニットを組んだのは、ごくごく自然なことだったのだろう。

友人だから、という驕りもあって何の下調べもせず「茨城県北サーチ 服と巡る」に参加した。COVID-19の流行により、例に漏れず「服と巡る」もオンライン開催に変更して実施された。参加者が事前に送った思い出の服の写真とそれにまつわるエピソードをベースに、ワークショップが行われた。

十二名の参加者が選んだ“服”の写真を見ながら、それぞれの持つ記憶や感情が語られた。若い頃に先輩の意見を立てながら仕立てたワンピース、新婚旅行に行ったオーストラリアで寒さ対策に買った羊と名付けられた服、着ると自分はマシかもと思える着物、推しのK-POPアイドルをテーマにつくったオリジナルのシャツ…など時代や生活スタイルがじんわり染み込んだエピソードが並んだ。私はと言うと、クローゼットの前に数分立って、2019年に海外旅行で買った一度も着ていない服を手に取ったのだけど、参加者の重層的なエピソードを聞くたび、浅すぎる自分の選択に後悔しながら母の顔がずっと浮かんでいた。和裁の先生をしていたこともある母は、日々の洋服はもちろん、浴衣を一晩で縫い上げてくれたり、成人式の着物には珍しい絞りの反物を買って、美しい柄あわせで仕立ててくれたりした。そんなことを思い出し始めると、弟と双子コーデを楽しんでいた幼少期や、小学生の頃に大好きだったBENETTONの鮮やかなグリーンのコート、中学生の時に母に買ってもらったBurberryのマフラーを友達に偽物だって言われて(本物なのに!)反論できずに帰路で涙ぐんだことなど、いくつもの記憶が、古い皮膚がバリバリと再生されるかのように呼び起こされた。回想にふけていると、参加者からも次々に“母”というキーワードが飛び出し、それぞれの服を巡ることとなった。そしてnimonoの二人は母の存在をこのような言葉にした。仲田「オーガンジーのような、透明でふわふわしたお包みのようなもの」、日坂「キルティングのように重みがあって、暖かく包み込んでくれるもの」。

奥底に眠った記憶にアクセスできる装置は、生活のあらゆるところにあると気づく。四次元を行き来するタイムマシーンは、日常の中にこれでもかというくらい潜んでいるのだ。そんなことを考えていたら「服の記憶なのではなくて、写真を繰り返し見ることでつくられた記憶なのかもしれない」と誰かが言った。もう手元にはないものでも、写真を見ていると、不意にその肌触りや匂いまで思い出すことさえある。もしかしたら、本当は存在しなかった(いつの間にかつくられた)感覚なのかもしれない。人の記憶というものは、なんてクリエイティブで、歪んでいて、儚いのだろう…誰もが絶対的に向き合わなければならない“服”は、そんな不確かな記憶と共にある。それに、欲求や身体への執着が服にあらわれるのはもちろん、自分の好みだけではなく流行や家族、社会との関係で服を決める人も多いだろう。ファッションにいくら無頓着でも、当然のように服は着る。自分と何かの間にあるそれは、自分でありながらも他の何かであり、自分が何者であるのか認識するツールでもある。服にまつわる行為はそうやって人生のほとんどの意識に食い込んでいる。

こうして時間旅行をしながら、誰かの自我と出会っていった。ふと、人との関わりが激減し、自身のアイデンティティと向き合い続けることとなったこの一年をおもった。図らずもここで、自分であり、他者であり、“母”でもある服を巡ることは救いになった。それで、冒頭のnimonoの話に戻るのだけど。深夜のファミレスでたまたま生まれたクリティカルヒットではなくて、裸で生まれたあの日からどうやっても剥がすことのできない、時間をかけて染み込み続ける愛こそが“nimono”の正体なのだと、やっと気がついた。

ワークショップ後のトークで、このリサーチから一着の服をつくると知った。写真家の仲田が服を縫い、服飾作家の日坂が写真を撮るという。どうなるのか妄想しつつ、楽しみに待ちたい。

メゾン・ケンポクの何かはある2021 ー記憶を頼りに進む
会期:2021年1/22(金)〜3/14(日)
(新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、一部プログラム延期により会期変更)
場所:メゾン・ケンポクと茨城県北各地ほか

主催:茨城県北地域おこし協力隊
協力・後援:茨城県、WALL原宿

企画:松本美枝子
企画補佐:日坂奈央、メゾン・ケンポクのチーム

茨城県北サーチ「何かが道をやってくる」
2組のゲストアーティストが、それぞれ参加者とともに、茨城県北の地を調べます。今年度、共通するテーマは、記憶や郷愁といったもの。プログラム終了後、ゲストはテクストを残していき、それが茨城県北サーチ公式サイトにアーカイブされます。(企画:松本美枝子)
公式サイト http://www.kenpokuserch.jp 

「服と巡る」 nimono(仲田絵美+日坂奈央)
日時:2/14(日)13:00〜16:00(開場12:30)アフタートーク16:00〜16:30
場所:オンライン(新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、対面開催から変更)
写真家の仲田絵美と日坂奈央によるノスタルジックシンドロームユニット『nimono』。
この日、はじめてコラボレーションする2人が、「懐かしむこと」をキーワードに、参加者と共に服と記憶にまつわるリサーチとワークショップを行います。
定員:10名(要予約。予約方法は文末の「プログラム予約について」をご覧ください)
参加費:無料

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