メゾン・ケンポクの何かはある2020 レビュー 日坂奈央《夢ちどり》
積み重ねられていく物語
西野由希子(文学者、茨城大学人文社会科学部教授)

2020/12/15 みる

ここは、だれの部屋なのだろう。思い出の部屋のように時間が止まっているわけではなく、生活のにおいがする。ちょうど不在にしている部屋の主たちはどんな人たちなのか。
日坂奈央さんの「夢ちどり」は「メゾン・ケンポク」の一部屋に展開されるインスタレーションとZINEと呼ぶ新聞スタイルの出版物からなる作品だ。
畳の和室には、手作りされた洋服がつるされ、帽子や首に巻くスカーフなどのかわいい小物が置かれている。その人のために特別に作られた洋服はあたたかみがあり、レースやフリル、布製の花やボンボン、刺繍などでデコレーションされている。ピンクやブルーのファッションは少女風で、最近の流行が取り入れられているようでもあり、とてもクラシックでもある。
この作品の構想は、ZINE『夢ちどり』創刊号に書かれていることによれば、作家の日坂さんが当地の“おばあちゃん”たちの魅力に惹かれたことから始まっている。EIKOさん、MIYOさん、NAOMIさんと親しくなり、お話を聞き、彼女たちの好きなものを知り、似合う服、好みの小物をつくって身に着けてもらった。カメラに向かい笑顔でポーズをとる主役たち。それらの過程も作品であることは、この部屋に飾られたものたちと、VOL1からVOL3までのZINE3紙が教えてくれる。
ZINEには対談が収載され、ふだんの様子や製作されたファッションを着てもらったときの写真などがたくさん掲載されている。表紙をめくると筆文字のような大きな文字フォントにちょっと驚くが、古風な雰囲気が逆にモダンにも感じられる。
私たちはみな、子供時代、青年時代を経て、年を重ねていく。外からどう見えていようと、人の中には子供っぽさや青年時代の経験などが複雑に刻まれ、それらを抱きながら日々を生きているとも言える。人の魅力はそのように複合的に積み重ねられたものからにじみ出るものだろう。手に取られ、繰り返し読まれる。大切にとっておく。今を伝え、記録として残す。次号が待たれる。インターネットやSNSがあふれる時代に、紙で発行されるZINEが選ばれたのは、懐古趣味や時代の逆行ではなく、このメディアがふさわしい、このスタイルで表現したいという作家の思いのあらわれだ。ZINEだったからできたことはなにか、それがこの作品の最も重要な問いだろう。

「メゾン・ケンポクの何かはある」
会期:2020年1/17(金)〜3/8(日)
場所:メゾン・ケンポクと茨城県北各地

主催:茨城県北地域おこし協力隊
協力・後援:茨城県

企画:松本美枝子
企画補佐:日坂奈央 サポート:メゾン・ケンポクのチーム
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みる2:日坂奈央「夢ちどり」 
会期:2/20(木)〜3/8(日)
場所:メゾン・ケンポク(常陸太田市西一町2326)  

(写真:山野井咲里)

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