メゾン・ケンポクの何かはある2021 レビュー 松本美枝子《小さなミエコたちのはなし》
小さなミエコたちの小さくはないはなし
大森潤也(日立市郷土博物館 学芸員)

2021/10/15 みる

松本美枝子が手掛ける今回の展示は、日立市の戦災をテーマに制作されるとのことであった。そのタイトルは《小さなミエコたちのはなし》である。ミエコ?美枝子?いったいどんな作品になるのだろうか。そんなことを思っていた頃に松本から、日立市郷土博物館が所蔵する艦砲射撃(戦艦による砲撃弾)の破片を展示で使用したいとの依頼が寄せられた。

日立市は太平洋戦争において甚大な被害をうけた。その理由は戦時下における日立市内の工場群が軍需産業の拠点だったからであり、皮肉なことに明治末期以降の鉱工業都市としての発展が、連合国軍の重要な攻撃目標となる遠因になったのである。

1945年6月10日の1トン爆弾攻撃、7月17日の艦砲射撃、7月19日の焼夷弾爆撃、さらに7月26日には模擬原爆投下と4回にわたって攻撃され、その被害記録は苛烈な状況を示している。展示の主なモチーフとなった艦砲射撃は、ほぼ市街地に集中している他の攻撃に比べて広域に被害が及んだ。7月17日の深夜、日立市域はアメリカ艦隊の砲撃をうけた。艦砲射撃は23時過ぎからはじまり20数分間続いた。攻撃目標となったのは日立製作所山手工場・電線工場・多賀工場と日立鉱山の電錬工場であり、合計で870発の直径約40cm、全長約160cmの砲弾が撃ち込まれた。しかしながらこの夜は雲が低く垂れこめて大雨が降っており、ほとんどの砲弾は工場を外れて周辺の住宅地や山林に落ちた。

「ミエコ」は、艦砲射撃で負傷した少女の名であった。暗闇の中に薄ぼんやりと滲みながら発光するモノクロームの海景が、艦砲射撃の破片を鈍く照らしだす。なにか、じっとしていると吸い込まれてしまいそうな場であった。ミエコさんの話は時系列で進むが、少女時代の体験ということもあってか、ときどき細部を憶えていないというような発言がある。これには「つらすぎて思い出すことができない」という側面もあるのではないだろうか。いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)のような状態であり、身体と心とが思い出すことを拒んでいるような感じだろうか。飛行機の爆音が響き渡り、しばし眼を閉じる。

感情が抑制されたナレーション、少女の眼がとらえた壮絶な光景の描写は淡々としているがゆえに却って恐ろしさを増幅するようでもあり、また「詩的な重さ」とでも言うべきものをずしりと湛えていると感じる。この展示をとおして私が勝手に思い浮かべた、ミエコさんが海を前にして放心している情景は、果たしてミエコさんの遠い記憶に共鳴した松本のヴィジョンにも通底するだろうか。

一方メゾン・ケンポクでは、関連展示としてアート・ガストロノミー《記憶の食事》が開催されていた。これは戦時下の食材・食事をスタッフが共同で検証したものである。日立市内での聞き取りをもとに食材や調理法を研究し、市内各所を歩いて道端などで野草を探したり、海水から塩づくりを試みたり、「ガソリン芋」を求めて研究機関を訪ねたりといった取組みには、戦時下の困窮および満たされない食について見極めようとする彼らの熱意を感じた。

ガソリン芋はミエコさんも「美味しくない」と言っていた。正式名称を「茨城1号」というガソリン芋は、不足するガソリンに混入する無水アルコールを採取するためのサツマイモであり、米不足を補うために食用としても配給された。展示されていたガソリン芋はいかにも貧弱で確かに美味しそうには思われない。とはいえこれが雑穀混じりの配給米と一緒に炊きこまれた「かて飯」が、戦時下の人々の食を支えたのである。そう考えると現代のフードロス問題など嘆かわしいかぎりである。

また同時開催されていた日坂奈央の展示《私と服と干し芋》は前述の2つと関連してはいないものの、「干し芋が好き」という日坂が干し芋に服を着せて「干し芋本」を作るという楽しい空間であった。偶然か必然か、戦争の記憶に結びついた芋と茨城の名産品として愛好される芋との対比は、私に食文化の過去・現在・未来についての興味を抱かせた。

松本たちの今回の試みは、戦争体験の記憶を通して生命の本質について考えていくためのアプローチだったのではないか。さまざまな人々の記憶にアクセスし、それを頼りにさまざまな物事について考え続けることによってそれは深まり、平和な世界で健康に生きていくために私たちができること、すべきことを知るよすがとなる。小さなミエコたち、ひいては私たち一人一人の体験は、けっして小さくはないはなしなのである。

メゾン・ケンポクの何かはある2021 ー記憶を頼りに進む
会期:2021年1/22(金)〜3/14(日)
(新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、一部プログラム延期により会期変更)
場所:メゾン・ケンポクと茨城県北各地ほか

主催:茨城県北地域おこし協力隊
協力・後援:茨城県、WALL原宿

企画:松本美枝子
企画補佐:日坂奈央、メゾン・ケンポクのチーム

「小さなミエコたちのはなし」 松本美枝子(写真家、美術家)
日時:1/22(金)〜3/14(日)10:00〜17:00 *月休み
場所:日立市視聴覚センター映像セミナー室(日立市幸町1-21-1 日立シビックセンター地下1階)
+ウェブ(www.storyofmieko.info)
松本は2015年から継続して、日立市をリサーチしながら作品を作ってきました。今年度は町に住む人々にインタビューしながら、75年前の社会について考察。人々の記憶からインスピレーションを受けた作品を、現実の展示空間とウェブとの双方向で展開します。最新情報は、本作の特設サイトをご覧ください。www.storyofmieko.info

茨城県北の表象プロジェクト02 アート・ガストロノミー
「記憶の食事」 メゾン・ケンポクのチーム
日時:2/23(火・祝)〜3/14(日)10:00〜17:00 *月休み
場所:メゾン・ケンポク(常陸太田市西一町2326)
茨城県北地域おこし協力隊と地域内外の人たちとの協働を通して生まれたコレクティブ「メゾン・ケンポクのチーム」。今回はチームで、食のリサーチを通して、太平洋戦争当時、茨城県北に住んでいた人たちの記憶について考えます。さらに「メゾン・ケンポクの何かはある2021」コア期間中を通して、一つの展示を作り上げていくプロジェクトを公開していきます。最新情報はメゾン・ケンポクの公式サイト、SNSをご覧ください。(キュレーション:海野輝雄、協力:ギャラリーカフェ「今日ハ晴レ」)

「私と服と干し芋」 日坂奈央(服飾作家)
日時:2/23(火・祝)〜3/14(日)10:00〜17:00 *月休み
場所:メゾン・ケンポク(常陸太田市西一町2326)
干し芋に導かれるように関西から茨城にやって来た、服を着ることが好きな「私」が、干し芋に服を作って着せ、「干し芋本」を発行。服と干し芋で、「私」にとって心地の良い空間をつくります。

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