茨城県北サーチ2020 レビュー 大森潤也《ユージン・スミスが撮った日立を眺める》
日立を眺めに
原 亜由美(フリーランス・コーディネーター)

2020/12/15 しる

西から東へ二七〇km、わたしが車を走らせたのは二月二十二日。ゾロ目だからよく憶えている。「茨城県北サーチ ユージン・スミスが撮った日立を眺める」というプログラムに参加するためだ。いきなり余談だが、コロナ禍本格化以前、わたしにとってこれが最後の遠出となった。

昼前に日立に着いて、松本美枝子「海を拾う」を鑑賞する。紛れもない写真展でありながら思いがけない演劇的展開で、日立の街を舞台化していくディレクションに大いに惹き込まれた。展示会場の一つ、海辺のcafe miharuで渡された松本からの手紙に導かれ、カンブリア紀の地層が露出するかみね公園の展望台に登った後、麓にある会場の日立市郷土博物館へと下りる。

このプログラムは参加者、登壇者ともにマスク着用にて行なわれた。わたし自身、ウイルス感染防止対策の上での会合参加は初で、この頃には「三密」なる言葉もまだなく、主催者側も手探りだったと思う。二月最終週から文化芸術関係の企画の中止や延期が相次いだ。六月までこの傾向は続いたので、このプログラムは実に妙なる時機での開催であった。

冒頭、舘かほる氏による基調ガイダンスで、このプログラムがユージン・スミスの写真を地域資料として考える試みであるという説明があった。この点に興味をもって、レビューの依頼を受ける以前にわたしは自ら参加を申し込んでいた。わたしは地元で「写真の町シバタ」というプロジェクトに携わっている。「写真の町シバタ」でも地元の写真を地域資料として見直しているのだが、わたしたちが扱うのは家庭のアルバムなどの民間写真である。ユージン・スミスという著名な写真家の作品を、地域資料としてどのように捉えるのか。気になったわたしは、本州の反対側から山を越えてやってきたのだ。

ユージン・スミスの作品群は、二〇一〇年に日立市郷土博物館で開催された展覧会で日立市民との共有の機会があった。プログラムのメインは、この展覧会を担当した大森学芸員による解説である。スライドで写真を見ながらスミスが日立製作所の依頼を受けて日本で取材することとなった経緯とともに、このときの、特に日立での撮影が後年の代表シリーズ「水俣」への導線となったこと、撮影地および被写体についての具体的エピソードについても触れられた。大森学芸員の調査成果は二〇一五年、二〇一六年に発行されたそれぞれの紀要(*1)に詳しい。すでに公開されている「茨城県北サーチ」のテクスト(*2)からもわかるが、大森学芸員の語り口は非常に柔らかい。穏やかな雰囲気のなか、その後の質疑では、地元の参加者からかつての日立の様子や撮影地の心当たりについての発言が続いた。写真に触発され、連鎖的に紐解かれた記憶がマスク越しに語られていく。地元プロジェクトを通じても感じるが、地域資料としての写真の読み解きには、こうした個人による語りの蓄積が欠かせない。時に逸脱するエピソードも大切だ。そしてこうしたプロセスを重ねるために必要なのが、アーカイブである。この点においては写真家の作品と民間写真とでは課題が異なる部分があると思う。ユージン・スミスの日立にまつわる二冊の書籍は日立近郊の図書館に所蔵されていない。プロジェクトで購入を検討するも、古書で三十万円ほどの値付けが予算の壁となっているという。松本氏も交えたアフタートークでは、クラウドファウンディング等での資金調達も視野に入れ、スミスの作品集を日立で閲覧可能にしたいという話があった。わたしも賛成である。

プログラムの最後に、参加者と登壇者と全員で、かみね公園のスミスの撮影地へと向かった。プログラムの題名である「ユージン・スミスが撮った日立を眺める」という文字通りの行為が展開されたのが、わたしには面白く感じられた。そう、日立は眺めることができるのだ。海底火山が隆起した山の公園から街を一望できる。スミスは日立を高度成長期における日本の象徴と捉えていたそうだが、縮図として俯瞰できる地形からのインスピレーションもあったのではないだろうか。もちろん裏付けはないが、このような見方は、その場所へ赴かないと思いつかないものだ。スミスの撮影地と思しき場所でランドマークを目で追い、参加者同士「ここだ」と言い合い、スミスの写真の画角を真似てスマホで写真を撮る。時間を隔て、同じ土地に眼差しを重ねてみる。日立の人たちはスミスの写真を羅針盤とし、土地の記憶を遡上できるはずだ。いわば一見客であるわたしでさえ、その兆しを感じることができた。たしかに何かはある。確信の端緒として予感と余韻に満ちたプログラムであった。

最後にもう一つ余談を足すと、この日帰り遠征後まもなく車が壊れて買い換えた。それぞれの出来事が何かの符牒のようで忘れられない二月二十二日である。これからも毎年思い出してしまう気がする。

 

*1
日立市郷土博物館紀要 第9号, 日立市郷土博物館, 二〇一五年三月
日立市郷土博物館紀要 第10号, 日立市郷土博物館, 二〇一六年三月

*2
茨城県北サーチ『「日立のユージン・スミス」を再び眺めて』大森 潤也, 茨城県北サーチ WEBサイト 二〇二〇年二月

「メゾン・ケンポクの何かはある」
会期:2020年1/17(金)〜3/8(日)
場所:メゾン・ケンポクと茨城県北各地

主催:茨城県北地域おこし協力隊
協力・後援:茨城県

企画:松本美枝子
企画補佐:日坂奈央 サポート:メゾン・ケンポクのチーム
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しる:茨城県北サーチ 茨城県北サーチ WEBサイト
   1.ユージン・スミスが撮った日立を眺める
日時:2/22(土)
場所:日立市郷土博物館1F集会室(日立市宮田町5-2-22)
茨城県北サーチ WEBサイト

(写真:山野井咲里)

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