メゾン・ケンポクの何かはある2021 レビュー 「gift of homesickness」「私と服と干し芋」
日坂奈央(服飾作家)
ささやかな抵抗
岡野恵未子(公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京)

2021/10/15 みる

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ここにあるものを、何と呼べばいいのだろうか。
いや、少し問い方を変えたほうが良いかもしれない。
彼女が巻き起こしていることは、何なのだろうか。

茨城県北地域おこし協力隊が主催するアートプロジェクト『メゾン・ケンポクの何かはある2021 記憶を頼りに進む』の一環として、服飾作家の日坂奈央(地域おこし協力隊の一人でもある)による企画《私と服と干し芋》が行われた。茨城県は常陸太田市、昔ながらの街並みの一角にあるアートスペース「メゾン・ケンポク」の一室で展開されていたのは、日坂が「干し芋」に着せるために制作した小さな洋服50点ほどや、その洋服を着せた干し芋を茨城県北地域で撮影した写真をまとめたZINE『紅はるか』、日替わりで洋服を着せられていく本物の干し芋、などが部屋いっぱいに並ぶインスタレーションだ。この部屋で「それら」に対峙しながら頭を駆け巡っていたのは、冒頭の問いである。

メゾン・ケンポクでの企画に先行して、日坂は東京都渋谷区のWALL原宿で「pop up shop《gift of homesickness》」を実施し、制作した洋服や服飾小物、先述のZINEなどの販売を行った(本来、2つの企画は同時並行で行われる予定だったが、新型コロナウイルス感染症の影響で、原宿の展示が先行するかたちとなったという)。「お店に来てくれる若い方にすごく人気で、バッグなんかはかなり売れちゃって。週明けには追加で納品される予定なんですよ。」筆者が訪れた際、ショップの店員はそう語っていた。

地域のアートプロジェクトと、都内のショップでの販売という、2つの異なる文脈や環境にインストールされた、日坂の制作したものたち。一見、前者は「(テーマの選定からZINEの制作、展示までの一連のプロセスを含めた)プロジェクト型の作品」で、後者は「(売買可能な)ピースとしての作品」とも見えよう。しかし、日坂にとって作品がインストールされるそういった文脈の住み分けはごく曖昧で、そこまで“違うもの”としてふるまっていないように感じられる。それは、作品の形態やインストールされる環境が何であれ、制作における日坂の姿勢には影響しないからではないだろうか。どちらの作品からも、日坂が「心地が良い」と感じたほうへ、手先や針の先が向かっていっていることを感じられる。お気に入りの古着を干し芋サイズに仕立てた小さなTシャツも、自身の誕生日とその時の年齢を刺繍で縫い取ったキーホルダーも、部屋の一角の回転式展示台でくるくる回る、蝿帳がかぶされたZINEも。論理に基づいたルールではなく、日坂の身体的なセンスの基に素材は-布や干し芋から、プライベートなエピソードまで-選択され、形態が定まっていく。そういった意味で、等身大の日常からある部分を切り取ったものを「作品」と呼ぶとした場合に、日坂の「制作」とは、「作品」とは、どこからどこまでを指すのだろうと感じたのだ。

この制作の姿勢は、作品のまとうものにも影響する。日坂作品は「可愛い」。しかし、可愛いと思われることを目指してつくられる、自我の強い可愛さではなくて、布や糸にとって心地いい居場所を探していたらこんなものができていました、という、日坂とできたものとの不思議な距離感を感じる可愛さだ。日坂の手から生まれた作品からは、ある種本人のコントロールを外れたような軌跡と軽やかさを感じさせる。

また、日坂の作品の背景には明確な社会課題やミッション、メッセージがあるわけではない(全く要素がないとは言えないが、地域資源(干し芋)普及のためや、地域との交流のため、という目的ありきで制作が始まっているわけではない)。だからこそ、何事にも説明が付随し、整理整頓された情報が流れ込んでくる日常のなかで、心地よい「よく分からなさ」や「曖昧さ」、「言いえなさ」を、日坂作品は感じさせてくれるのだ。

筆者には、そんな日坂作品が生み出しているのは「小さな抵抗」であるように思える。説明されること、何かのフレームに吸収されることへの、小さな抵抗。無邪気でささやかなその抵抗を支えているのは、常に「心地が良いほうへ」、を選択していける日坂の身体性の強さではないだろうか。

地域にアーティストが長期間滞在し、制作活動を行う。今回の企画もそういった事業の一環である。県の特産品・干し芋が大好きで、ファッションの勉強をしてきた一人のアーティストが、地域おこし協力隊の一員として移住してきて、地元のおばあちゃんにまつわるZINEをつくったり、干し芋に着せるための服をつくったりしている。一見すると、「若者」が「地域資源の活用」をして「地域を活性化、価値の再発見」をしているとも説明できるが、“そういった語り口”を選択してしまうと、私たちが芸術と対峙するにあたっての、言語を超えた何か大事なものを取りこぼしてしまうように思えるのだ。

蘆田裕史氏は、文化をカテゴライズして整理していくことの限界について、私たちは「既存の枠組みを微修正すること」に終始してしまいがちだが、それは非効率であり、「小手先の修正だけでは時代の変化に追いつけない場合があるのも事実」だと指摘している。上記は「手芸(とカテゴライズされるもの)」をめぐる言説という文脈の中ではあるが、氏の「そろそろ私たちはあらゆる文化の分類を見直す時期に来ているのではないだろうか」という問いは、こういった、地域におけるアーティストの制作という点にも共通する現状ではないだろうか。

「そういえば県北にちなんだ活動をしなくちゃなあと思って、車で色々なところに行って、干し芋を撮影したんです」と語る日坂。逆接的ではあるが、そんな日坂の制作にあたっての距離感や、目的や“分かりやすさ”をゆるやかに回避していく姿勢が、結果的に強い表現となり、再現不可能な「いま、ここ」でしか起きないもの・ことを生み出しているのかもしれない。

《参考》
蘆田裕史「論考:手芸とファッションから美術史を描き直す」、上羽陽子・山崎明子編『現代手芸考 ものづくりの意味を問い直す』、フィルムアート社、2020年

メゾン・ケンポクの何かはある2021 ー記憶を頼りに進む
会期:2021年1/22(金)〜3/14(日)
(新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、一部プログラム延期により会期変更)
場所:メゾン・ケンポクと茨城県北各地ほか

主催:茨城県北地域おこし協力隊
協力・後援:茨城県、WALL原宿

企画:松本美枝子
企画補佐:日坂奈央、メゾン・ケンポクのチーム

「私と服と干し芋」 日坂奈央(服飾作家)
日時:2/23(火・祝)〜3/14(日)10:00〜17:00 *月休み
場所:メゾン・ケンポク(常陸太田市西一町2326)
干し芋に導かれるように関西から茨城にやって来た、服を着ることが好きな「私」が、干し芋に服を作って着せ、「干し芋本」を発行。服と干し芋で、「私」にとって心地の良い空間をつくります。

「gift of homesickness」 日坂奈央(服飾作家)
日時:1/29(金)〜2/18(木)11:00〜20:00 *2/8・9休み
場所:WALL原宿(東京都渋谷区神宮前1-11-6ラフォーレ原宿1階)
茨城のことは好きだけど、慢性的なホームシックに悩まされる日坂奈央が、その生活の中で感じている事をもとに服や小物を制作。茨城でのホームシックの賜物を、東京のセレクトショップ「WALL原宿」で展示販売します。(協力:WALL原宿)

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