メゾン・ケンポクのちょっと何かはある2021 総評 芸術祭、5年後の風景 大内伸輔(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)

2022/03/30 総評

「ひとがいる。場所がある。」。ことばで発してみると頭の中で「キョトン」という音がこだまする。そんなキャッチではじまる地域連携プロジェクト、「メゾン・ケンポクのちょっと何かはある2021」を最終日に訪ねた。前回の「何かはある」から「ちょっと何かはある」へ。どのあたりが「ちょっと」なのだろう、とチラシを眺めながら思いを馳せつつ、茨城県の北へ。県北地域を巡るのは茨城県北芸術祭以来、5年ぶりのこと。5年前と同様、11月の後半の訪問で、道中は山間の紅葉を楽しむことに。そしてキョトン、としたはずの「ひとがいる。場所がある。」ということばが、誠実に芸術祭の5年後の風景を表していることに気づく1日となった。

今回は県北地域の各地で活動する地域おこし協力隊や、そのOB・OGによる地域資源を活かした14の企画を紹介する「みんなで「ちょっと何かをやる」」と、事業拠点「メゾン・ケンポク」でのアーティストや専門家を招いた企画「となりの戸をたたく」の2本立てとなっている。

「みんなで「ちょっと何かをやる」」は「ちょっと」というさじ加減で共通の期間に同時に何かをやることで、地域おこし協力隊のネットワークをつくる狙いがある。協力隊員は他の地域からやってくることも多い。その中で、地域に暮らす人や行政との向き合いで詰まってしまわないよう、同じ属性の人たちで連帯を持つことへつながる良い仕組みだ。

その中のひとつ、常陸太田の昔の写真を展示する「太田を知る。」を訪れた。会場のbanya baseまでの道のりでは同伴いただいたスタッフの方と「あそこに作品があった」「あそこでごはんを食べた」などと5年前の風景を辿りながら思い出話に花を咲かせた。芸術祭という賑やかなイベント期間だったことを差し引いても、5年経てばまちは幾分、くたびれて見える。banya baseはもともと主人の阿部深雪さんの祖父母宅だった場所を活用して新たにスタートしたスペースだ。写真をもとにかつての賑わいの話を聴きながら、見晴らしが良いこともあり「ここで○○したらよさそう」と、ひとしきり盛り上がった。妄想やイメージを膨らませて可能性を野放図に話すのはいつでも楽しい。聞けば、阿部さんはこの数年のメゾン・ケンポク取り組みをみて「常陸太田が楽しそう」と思い至り拠点とすることに決めたそうだ。くたびれつつあるまちで新たなチャレンジの萌芽がある。

「となりの戸をたたく」では、オープンスタジオ「「メゾン・ケンポク」を知る、「メゾン・ケンポク」と話す」の「鈴木洋平(映画監督)新作映画リサーチ「オルタナティブ古代史」」に参加。様々な文献を携えて、茨城県の地名から「ありえたかもしれない歴史」に迫っていくリサーチに、参加者一同巻き込まれる。普段は考えもしない地域の事柄に、アーティストの視点から問いがもたらされ、対話が始まる。あーでもない、こーでもない、そうかもしれない。…答えはない。メゾン・ケンポクの大広間は、もやもやと「答えはない」を堂々と繰り広げ、答えのないことへの耐性をつけることのできる稀有な場だ。本編が終了すると、お茶を囲んで和やかに答えのない話が続く。最終日でもあったので「みんなで「ちょっと何かをやる」」の担い手や、関係者、地域の人たちも集まってくる。最終日からはじまる「はじめまして」。メゾン・ケンポクの数年の活動で温められた場所の温度が、交流を促進する。地域における文化創造拠点の、理想的な姿があった。

大型イベントの芸術祭から、小さな拠点と、日々の部活的な集いにやってくる人と、刺激的な視点を携えて外からやってくる人と、各地で活動する人たちとのネットワークの醸成へ。文化の営みを持続可能なものへと転換する際に必要な要素である「ひと」と「場所」が、ここには「ある」。文化は暮らしに寄り添うものだ。観光や集客といった視座から離れたところにも確実に掬いとるべきものとして「ある」。「メゾン・ケンポクのちょっと何かはある2021」は、見えにくいその営みを「ちょっと」のさじ加減で可視化し、現時点での意義を見せた。

これからの10年も社会は縮小し続ける様相である。それぞれの地域が持っている価値や課題を再発見し、連携・連帯することによって効率的に維持・成長していく必要がある。文化をつくること、その灯火を残すことは時間と手間がかかる。はじめたばかりの価値ある活動も、伝統的な習俗も、地域の課題への応答も、それぞれが単体であっては弱く、消えてしまう。ネットワーク活動の中に、語りの場と相互作用の影響、刺激をつくり、外からの視点によって地域の価値を再発見する。そのサイクルの基盤(文化をつくる土壌)をこの数年でつくったことは、この先10年の県北地域の希望なのではないだろうか。大きな文化事業としてあった芸術祭の5年後の風景は、地域に「根ざす」活動へと移行しつつある姿だった。まだ小さな畑ができたところだ。次の10年の社会を見通し、文化をつくる基盤を育てること。ここまでの営みを実りあるものにするために、政策が応答する時が来ている。


【大内伸輔】
公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京「東京アートポイント計画」プログラムオフィサー。1980年茨城県生まれ。大学卒業後、〈取手アートプロジェクト〉アートマネージャー養成プログラム「TAP塾」、東京芸術大学音楽環境創造科教育研究助手を経て現職。「東京アートポイント計画」には立ち上げから関わる。共著に『これからの文化を「10年単位」で語るために-東京アートポイント計画2009-2018―』(アーツカウンシル東京、2019年)、『アートプロジェクトのつくりかた』(フィルムアート社、2015年)。

メゾン・ケンポクのちょっと何かはある2021
みんなで「ちょっと何かをやる」
となりの戸をたたく


日程:2021年11月19日(金)20日(土)21日(日)23日(火・祝)26日(金)27日(土)28日(日)(※みんなで「ちょっと何かをやる」は各会場により異なります)
会場:メゾン・ケンポク(常陸太田市西一町2326)、茨城県北地域各所
主催:茨城県北地域おこし協力隊マネジメント事業
企画:メゾン・ケンポクのチーム
協力:ネットワークKENPOKU、茨城大学(茨大―日立製作所連携プロジェクト)
アートディレクション:高野美緒子
メインビジュアル:松本美枝子

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太田を知る。
日時:11月21日(日)、23日(火・祝)、28日(日)11:00〜16:00
参加費:無料
主催:企画:banya base

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オープンスタジオ「メゾン・ケンポク」を知る、「メゾン・ケンポク」と話す

地域にひらく、文化の研究室「メゾン・ケンポク」を開放し、アーカイブ資料の公開や運営メンバー、ゆかりのアーティストの活動を公開します。

鈴木洋平(映画監督)新作映画リサーチ「オルタナティブ古代史」
2021年11月28日(日)13:00〜16:00
入場料無料【要事前予約】

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